電気を買うとお金がもらえる?
欧州電力市場のネガティブ・プライス
2023年9月、生活クラブ組合員・職員とエネルギーの研究者ら総勢20 名で、再エネ先進国のドイツ・デンマークに赴き、エネルギー関連の最先端の事例を視察しました。特に多くの参加者から驚きの声があがった、欧州の電力市場における「ネガティブ・プライス」について紹介します。
新たな事業をも生み出す“ネガティブ・プライス
何かを買っても、支払いが不要で、さらにお金をもらえる状況があるとしたら……。とても信じがたいですが、欧州の電力市場ではそんな状況が実在しています。
どんな市場でも、需要があれば高値で、なければ安値で取り引きされます。欧州の電力市場でもその原理は同じ。ただ、安値がマイナス価格に及ぶ、つまり「電気を買ったら、お金がもらえる」ことになる。それがネガティブ・プライスです。
電力供給が過多でネガティブ・プライスになれば、発電事業者は発電しても利益が出ないので、発電の抑制に動きます。一方、利用者は電気をできる限り買って、お金をもらいながら蓄電池に貯める。また、工場などの大規模な電気利用者は操業時間をネガティブ・プライスの時にあわせます。そうするうちに再び電力の需要が高まり、取引値はプラスへ転じます。
欧州ではこのように電力の需給調整を市場に委ねてゆるやかにバランスをとっています。こうした柔軟な対応は、天候によって発電量が変動する再生可能エネルギーによる発電を主要電力とすることを可能にし、さらに副次的に、蓄電池市場の拡大など、新たなビジネスの創出にも一役かっているそうです。
もらったお金は熱供給に デンマークの工夫
デンマークではネガティブ・プライスを「地域熱供給事業」と結び付けていました。「地域熱供給」とは、ある域内で使用する熱(暖房、給湯)をまとめてつくって供給する、北欧諸国では100 年ほどの歴史があるしくみのこと。ボイラーの燃料は、かつては化石燃料でしたが、現在は風力発電による電気ボイラーやバイオマス、太陽熱など、再エネに移行しているといいます。今回のツアーではデンマーク・ユトランド半島北部エリアのトーリング(Toerring) と南部のヴェジェン(Vejen) でその実態を視察しました。
各地域熱供給事業者は、電気がネガティブ・プライスになった時、電気ボイラーを動かしてお金をもらいながら熱をつくって供給し、高い利益をあげています。トーリングで視察した事業者は、熱供給と発電の両事業を展開し、自ら市場の動きを読み、電力・熱の出力調整を行なって効率よく対価を得ているそう。また、地域熱供給事業者は、地域住民が出資するものが多く、その利益は地域に還元されているそうです。
もしも日本でネガティブ・プライスを導入したら
日本の場合、発電量が需要を上回った場合、太陽光や風力などの再エネ発電を止め、原子力や火力発電を優先して需給を調整します。これは脱炭素や燃料費高騰が課題の現在において、合理的とはいえない対応です。こうした状況への解決策として、複数の専門家からネガティブ・プライスを日本へ導入し、需給調整を市場にゆだねることが提言されています。
再エネを電力の中心に据えたら、これまでにない方法で利益が得られ、かかわる人や地域を豊かにしてゆくことに。今回視察したデンマークの姿は、想像を超える驚きに満ちたものでした。日本の現状にとらわれず、「再エネ社会への転換」を豊かに描く多くのヒントが与えられた体験になりました。
※この記事は、2024年10月 生活クラブエネルギー事業連合・生活クラブ連合会発行「生活クラブOPINION」を再構成しました。