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でんきのはなし

金子勝さんが訪ねる 自給と循環の生まれるところ 第六回

第六回 信州上田を「脱炭素で持続可能な町」にしたい 後編

――Reverse逆転させて、Rebirth再生させよう!――

■上田市の人口推移

長野県上田市の「NPO法人「上田市民エネルギー」は自分たちの町を見つめ直し始めている。上田市も全国の地方都市と同じく、人口の減少が着々と進んでいる。2012年には16万2061人いた人口が、2024年9月には15万1803人と、この10年間に約1万人の人口が減った。しかも、図が示すように近年の人口減少幅は大きくなっている。少子高齢化も進む。年齢別の人口構成を見ると、0~14歳の子どもの人口は、2006年の14.3%だったが、2024年9月の時点では11.3%に減っている。15~64歳の働くことができる生産年齢人口も、同じ期間で見ると、62.09%から57.45%に減っている。一方、65歳以上の高齢者人口は同じ期間で見ると、23.61%から31.25%に増えている。高齢者層が増え、子どもが減り、生産年齢人口が減っている。

この危機的状況に対して、「上田市民エネルギー」が中心となって発足した異分野の有志の集まり「上田ビジョン研究会」は、上田市の各種計画から130以上のデータを収集。その結果と分析を、「上田の大危機を乗り越えるための5つのヒント」という小冊子にまとめ、同市が2018年に実施したアンケートなどを使って上田市民が感じている不安を明らかにし、解決策を探る。


問:少子高齢化、人口減少が進む中にあって、今後、上田市で暮らしていく上でどのようなことに不安を感じますか?(2つまで)
1位「車の運転ができなくなり、移動手段が確保できなくなること」46.9%
2位「ひとり暮らしの高齢者が増えること」45.1%
3位「空き家が増えること」28.7%
4位「商店やスーパーが減少すること」23.2%


今後、少子高齢化と人口減少によって、町が外に広がっていくスプロール化(虫食い状態)、まちなかが空き家や駐車場だらけになるスポンジ化が進む。当然、市税収入も減っていくが、その一方でインフラの老朽化も進み、更新改修費の負担が市に重くのしかかる。上田市では、今後40年間、毎年、公共施設は72.6億円、上下水道は68億円、道路橋梁(きょうりょう)は31.7億円もの更新改修費用がかかると試算されている(上田市公共施設白書平成27年より)

こうした状況を踏まえ、「上田ビジョン研究会」は、「上田をReverse逆転させて、Rebirth再生させよう!」というスローガンを立て、2021年から「上田リバース会議」を開催。これまでに延べ24回が開催され、2000人以上が参加した。

「上田リバース会議」では、まずは住民アンケート結果を踏まえ、「交通まちづくり」がその中心にすえられた。研究会では富山市のLRT(次世代型路面電車)や栃木県小山市で乗客を倍増させた第3セクターのコミュニティバス事業(2008年37万人から2023年120万人に増加)などを学び、これにヒントを得て、上田市街と別所温泉を結ぶ総延長 11.6kmの上田電鉄別所線沿線の地域を対象とした「交通まちづくりプロジェクト」を進めることになった。こうしていくなかで、上田市が環境省の脱炭素先行地域に選定される。

別所線は、2022年の年間乗客数は97万1千人で約5774万円もの経常赤字を抱えている。2021年3月28日には、2019年の台風19号による千曲川の氾濫(らん)で崩落した鉄橋が復旧を果たしたものの、このままでは人口減少の影響を免れない。

この赤字路線を自然エネルギーで動かすのだ。沿線6自治会エリア(中野・上本郷・十人、下之郷・東五加・下本郷)の住宅の屋根に太陽光電池を乗せて、自前の電線につないで、別所線を動かす。太陽光発電設置や電気契約をした世帯には、別所線割引乗車券を配ることで電車に乗りたくなるように促す。

こうして公共交通の再建を進めながら、車依存をできるだけ減らし、中心市街地をウォーカブルシティにする。木陰やオープンスペースを設け、街路樹を整備し休日は歩行者天国にする。そして空き家のリノベーション(大規模な建物改修)も進める。藤川さんは、空き家の利活用として、古い住宅や建物のリノベーションを進めながら、建物の構造も何とかしなければ脱炭素につながらないと思い、高校での断熱ワークショップを開催してきた。

「再エネつぶし」の流れに抗する「断熱番長」

福島第一原発事故以降、どうやって原発が供給する電気ではないエネルギーを作っていくかが大きく問われた。結局、いわゆる「原子力ムラ」の復活とともに、経済産業省と大手電力会社は原発プラス火力発電を続け、「再生可能エネルギー潰し」の動きを強めているというのが率直な思いだ。しかし、そもそもそんなに大量のエネルギーを欲しない暮らしが可能であれば、大規模発電の必要性もなくなるはずではないか。発想を180℃変えてみたい。

実は上田市の隣町佐久市には“断熱番長”と呼ばれる人がいる。木下史朗さんだ。何と木下さんは東京電力(東電)に勤めていた。2003年に東電に入社し、2年間は甲府で電気代の集金や電気工事を担当していた。その後、本社の新規事業推進本部に配属され、データセンターというサーバーを格納し、省エネで冷却する建物のスペースを貸す事業を担っていた。ところが、2011年3月に福島第一原発事故が発生して職場環境は一変。東電は事実上「国有化」され、一部資産も売却された。東電が原発を抱え続けるかぎり、担当事業をこれ以上継続展開していくのは無理と考え、2013年に新規事業の取引先だった企業に転職した。もともとずっと東電に勤めるつもりだったが、2016年に故郷に戻って、父親が経営する木下建工株式会社に籍を置いた。

木下さんが脱炭素には住宅の断熱が非常に重要なことに気づいたのは、2018年、自宅を建築する際だったという。佐久市は盆地地形なので、夏は暑く冬場は零下になる。故郷に帰って最初に借りた賃貸住宅では、冬場は寒すぎて室内が1℃にも下がる。寝床から起き上がって会社に行くのが嫌になるくらいだった。「すだれに風鈴」みたいに風通しを良くする住宅の造りに疑問を感じ、これが断熱の大事さに目を向ける契機となった。自宅を新築する際は断熱対策を施した。熱を逃がしにくい三重窓を設置し、天井・壁・床にこれまでより分厚く断熱材(グラスウールやスタイロフォーム)を張るという対策で、いたってシンプルである。それによって断熱と気密を保ちながら、冷暖房用の熱交換機を使うと電力使用量(さらにCO₂排出量も)を大幅に減らせる。これを太陽光発電で賄えば、圧倒的に電気代の節約になる。

自宅が快適になった木下さんは、今度はオフィスの寒さに耐えられず、木下建工の新しい社屋を作造り、断熱施工をしてみた。すると広い事務所も冷暖房は家庭用エアコンで十分になった。太陽光発電を屋根に乗せると、1年間の売電量は1万6957kWh、買電量は7096kWhだった。売電単価の方が大幅に安いにもかかわらず、売電収入は1万2071円の純益となった。それまで旧社屋では、電気代が年間97万円かかっていたので、約100万円の節約になった。コストは、付加断熱や窓断熱の費用は約500万円、屋根に乗せた太陽光パネルは約300万円で、800万円となったものの、試算すると約8年間で元がとれる。減価償却などを考慮に入れても新社屋になって150万円ほど費用を改善させたことになる。新社屋はさながらショールーム。見学者が後を絶たないという。

断熱によって電気代の節約ができ、将来的には売電によって利益も出るとのことで、木下建工は新しい事業を開始した。軽井沢の別荘地に「六花荘」という6軒の賃貸住宅を建設したのだ。大きな一戸建ての家に2軒が入る「セミデタッチドハウス」で、自然に囲まれてゆとりある住空間を確保した都会移住者向けのゆとりのある設計となっている。もちろん、断熱が施されており、屋根には太陽光パネルが乗っている。電気代は入居者の負担はなしで、毎月の賃貸料は17万円。評判は上々で、入居者が退去するとすぐに埋まってしまうという。

「この事業については、今はそんなに儲かるものではないが、そもそも木下建工は道路橋梁の補修修繕を中心に業務を展開しながら、道や橋の新規建設に比べて補修修繕がCO₂削減にいかに貢献しているかを訴えてきた」(木下さん)。それが会社のミッションだという。CO₂削減について、同じことが住宅にもいえる。「新築でもリノベーションでも、断熱施工をすることでエネルギー使用量を減らせる。再エネならなおのこと環境に良い。断熱・太陽光パネルの設置は、これからの住宅のあり方だということが広く社会に浸透していけば、必ず需要は伸びてくるのではないか。そう考え、あちこちで断熱の重要性を説いて回っている」という。


自分たちの問題を自分たちで解決するという「強さ」に


「上田市民エネルギー」も、CO₂削減に向けて「教室断熱ワークショップマニュアル(体験型学習講座読本)」という冊子を作成、学校の教室の断熱に取り組んでいる。近年は、長野県内にある県立白馬高校と上田高校に続いて上田染谷丘高校でも「教室断熱ワークショップ(体験型学習)」が実施された。ワークショップは、工務店の指導の下に、生徒たち自身が、天井に断熱材を入れ、窓に木製サッシの内窓をつけ、壁に木枠をつけて断熱材を取り付けていく。

上田染谷丘高校でのワークショップ開催は、2年前の学友会(生徒会)副会長が上田高校での実施事例を知り、長野県から60万円の予算を得たことに由来する。学校3階の端にある教室は夏暑く冬は寒い教室だった。そこで1年目に木製サッシの内窓を設置、天井に断熱材を入れた。次年度も長野県の予算100万円を獲得し、壁に木枠をつけて断熱材をはめていく作業を行った。

現在の学友会の会長・副会長と話をすると、彼らは異口同音に「これまでストーブは1個しかなく、寒くてしょうがなかった」と言う。いまは断熱ワークショップを実施した教室が冬場は全然違って暖かいことを実感する日々だ。同校では5年前から、マイボトル持参呼びかけやアルミ缶リサイクル、今年度だと古着の回収など実施しており、この活動をSDGsとかけて、彼らは「染(そめ)DGs」と名付けるなど、環境保全に向けた活動が盛んだ。近年では、能登半島地震の募金活動を展開して40万円を集め、上田市内の6高校の生徒会がラインを通じて活動のための情報共有をしている。いまや日本の労働組合に学生自治会、日本学術会議も力が衰えてきている。かくいう私が勤務していた大学を含め、各地の大学の教授会も権限を奪われつつあるのが実情という気がしてならない。私たちは自分たちの問題を自分たちで解決する場を喪失しているのではあるまいかと、彼らを見ていると思う。

こうしたなか、上田市の「手作り市民運動」は大上段に振りかぶって「脱炭素化」を主張しようとしない。高齢化の進行に交通手段の喪失、買い物する場の不在、行政もインフラ整備もままならない現実のなかで、住民ひとりひとりが直面している身近な不便さや暮らしにくさを直視しつつ、それを自分のことと受け止め、「脱炭素」に立脚したコミュニティ(共同体)の再生を地道に進めていこうとしているのが上田市の市民運動だ。それは自らが自らを治める「自治」の領域を取り返すことであり、失いつつある地球環境を回復する実践といえる。そこに参加する人びとは、自分たちの町の運命を決めるのは自分たち自身という強い想いに支えられている。これぞ持続可能社会への具体的な歩みである。



撮影:魚本勝之

かねこ・まさる 1952年、東京生まれ。東京大学経済学部卒業。法政大学経済学部教授、慶應義塾大学経済学部教授などを経て、現在、淑徳大学大学院客員教授、慶應義塾大学名誉教授。著書多数。近著に『平成経済――衰退の本質』(岩波新書)、『岸田自民で日本が瓦解する日』(徳間書店)、『高校生からわかる日本経済 なぜ日本はどんどん貧しくなるの?』(かもがわ出版)、『裏金国家――日本を覆う「2015年体制」の呪縛』(朝日新書)、元農水官僚で農政アナリストの武本俊彦氏との共著『「食料・農業・農村基本法」見直しは「穴」だらけ!?』(筑波書房ブックレット)がある。