第二回 3 人の知恵者が集った! 後編
福島県喜多方 地域主導の「自給循環型経済」
福島県喜多方地方で再生エネルギーの普及事業に取り組みながら、有機・減農薬農業でのコメづくりや都市部の消費者と連携したワインづくりに賭ける3人の物語を前回紹介した。今回は彼らが進める域内循環型経済事業の「強さ」に慶應大学名誉教授の金子勝さんが迫ります。
原料生産から加工、販売までを「自前」で担うから強い
かつて福島県の喜多方地方には飯豊(いいで)山系の豊かな水とコメを使った酒蔵が数多く存在した。最盛期には30社。それが現在は10社となっている。喜多方市の人口は2023年9月時点で4万2491人と2014年4月時点の5万24人から7533人減った。10年間で15パーセント、年平均750人の減少を記録している。
創業230年以上の大和川酒造も厳しい時代の波に翻弄されながら、生き残りを模索してきた。日本酒(とくに大量生産大量消費の本醸造酒)の国内生産量が急速に減少し、酒造会社の廃業も相次ぐなか、生き残りを賭けた各社は純米酒や吟醸酒の販売に活路を見いだした。高付加価値化路線による収益カバーだ。この選択がトレンド(一般的な流れ)となる前に、大和川酒造は彌右衛門さんの経営哲学に基づき、原料調達から仕込みまで一貫してオリジナルな酒造りに取り組んできた。
大和川酒造では、自社が経営する大和川ファームが生産する原料の酒米を有機・減農薬農法で栽培してきた。それが「農といえる酒蔵」の先駆けと世間から評されるゆえんだ。さらに販売面でも安い本醸造酒を小売店に大量に売ってもらうのではなく、自らが生産した酒を自らが直販する方式を採用した。いわゆる1次産業(米作農業)、2次産業(酒造)、3次産業(直販)という形で、大和川酒造を「6次産業」の事業体に変身させていったことになる。
この「大和川方式」の経済合理性は実に高い。原料(酒米)生産に加工(酒造)、販売も自前という「垂直統合」なら、それぞれの段階で負担せざるを得ないコスト(中抜き)を最大限抑制することができる。さらに労働力の有効活用という意味でも経済的な強みがある。コメ農家の場合、収穫期が終わると一般的に労働需要が減って農閑期になるが、酒蔵では年末にかけて酒の仕込みが忙しくなる。このようにコメ農家とバインドすれば互いに労働力が有効に活用できる。しかも「6次産業」の垂直的統合を実現すれば、栽培、収穫、加工製造、流通を通じて一貫して安全性を保証するトレーサビリティ(生産履歴確認)もできる。この仕組みが国際基準となり、欧米やブラジルなどに向けた輸出の推進力ともなっているというから驚くばかりだ。
しかし、それは福島第1原発事故が起きなければ、大和川酒造の生き残りのための事業モデル、ビジネス戦略の一つにとどまっていただろう。それを12年前の原発事故が「食とエネルギーの地産地消」という強固な志を彌右衛門さんの心に呼び覚まし、その事業の尊さに共感する人の輪を全国各地に広げる力となる「社会運動モデル事業」へと高めたに違いない。その実践に山田純さんと磯部英世さんが加わり、彼ら3人が「プラットフォーマー(基盤的仲介者)」となって共通の目的や志を抱く人びとを結びつけ、食とエネルギー自給実現のための新たな地域づくりモデルを具体化している。
「体験型観光農業」の推進と地域雇用と域内取引の拡充を
3人の目標は「原発に依存しないエネルギーを自らつくること」。それには会津電力が再生可能エネルギーを生み出し、大和川ファームは酒米以外に有機・減農薬米を直販する。ともに環境重視を経営理念にしながら、食料とエネルギーを供給する事業主体となる必要がある。図1が示すように、2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災を境に、日本は貿易収支が赤字体質基調になった。その最大の要因はエネルギー(化石燃料)の輸入と食料の輸入である。その意味でエネルギーと食料の自給は、地域経済を再生するためだけでなく、近い将来に来る日本経済の危機的状況を救うために最も必須な分野といえる。その意味で「3人のプラットフォーマー」が進める事業は日本経済の課題とまっすぐ向き合う試みだ。いまや会津電力は地域主導型自然エネルギーの普及を目指す一般社団法人「全国ご当地エネルギー協会」の一員として全国の有志と連携するようにもなった。
ワイナリージュンも設立から8年になる2023年、いよいよ本格的なワイン生産を開始した。参加型の「体験型観光農業」をベースにしたワイナリーづくりという国内ではあまり例がない先駆的な取り組みを山田さんは目指している。彌右衛門さんと磯部さんは、今後は宿泊施設を充実させながら、地域内雇用と地域内取引の拡大を目指すという。その構想のベースにあるのは都市の消費者に直接来てもらい、自ら作業に参加し、ブドウの生育を見守るとともにワイナリー事業を継続していく「育てるワイナリー」の理念だ。山田さんは力を込めて言う。「作業に参加していただいた方々には、自分の名前を印刷したラベルのついたワインを作って買ってもらえるようにしたい。そして、それを友人たちと楽しんでほしい。そのとき、このワインの産地では地域環境を大事にしていこうという思いから、再生可能エネルギーと有機・減農薬農業の普及に真剣に取り組んでおり、そこに自分も参加していると自慢できる。そんな自分たちのワイナリーが持てたら何よりうれしい。そんなぜいたくな夢を私は抱いています」
ワイナリージュンも設立から8年になる2023年、いよいよ本格的なワイン生産を開始した。参加型の「体験型観光農業」をベースにしたワイナリーづくりという国内ではあまり例がない先駆的な取り組みを山田さんは目指している。彌右衛門さんと磯部さんは、今後は宿泊施設を充実させながら、地域内雇用と地域内取引の拡大を目指すという。その構想のベースにあるのは都市の消費者に直接来てもらい、自ら作業に参加し、ブドウの生育を見守るとともにワイナリー事業を継続していく「育てるワイナリー」の理念だ。山田さんは力を込めて言う。「作業に参加していただいた方々には、自分の名前を印刷したラベルのついたワインを作って買ってもらえるようにしたい。そして、それを友人たちと楽しんでほしい。そのとき、このワインの産地では地域環境を大事にしていこうという思いから、再生可能エネルギーと有機・減農薬農業の普及に真剣に取り組んでおり、そこに自分も参加していると自慢できる。そんな自分たちのワイナリーが持てたら何よりうれしい。そんなぜいたくな夢を私は抱いています」
撮影:魚本勝之
かねこ・まさる 1952年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、淑徳大学大学院客員教授、慶應義塾大学名誉教授。『平成経済衰退の本質』(岩波新書)『メガリスク時代の「日本再生」戦略「分散革命ニューディール」という希望』(共著、筑摩新書)など。近著に『岸田自民で日本が瓦解する日』(徳間書店)がある。著書・共著多数。